(H16・7・6) 5千札の肖像で知られる新渡戸稲造は、今から約30年前(文久2年)に盛岡で生まれ、 明治、大正、昭和のはじめにかけて世界平和のために尽くした国際人です。 子供のころから「大きくなったら、太平洋の橋になりたい」との信念のもと、 日本と世界の文化の橋渡しのために一生をささげました。 稲造は、農政学者、農産業実践者、法学者、教育者、キリスト教徒、外交家、 ジャーナリストとして、それぞれの分野で業績をあげました。 盛岡市鷹匠小路(現下の橋町)
5千札の肖像で知られる新渡戸稲造は、今から約30年前(文久2年)に盛岡で生まれ、 明治、大正、昭和のはじめにかけて世界平和のために尽くした国際人です。 子供のころから「大きくなったら、太平洋の橋になりたい」との信念のもと、 日本と世界の文化の橋渡しのために一生をささげました。 稲造は、農政学者、農産業実践者、法学者、教育者、キリスト教徒、外交家、 ジャーナリストとして、それぞれの分野で業績をあげました。