ちょこっと着物知識

ちょっと色っぽいおはなし

  身八つ口

身八つ口とは、女性の着物の脇の下にある空きのことで、男性の着物にはこの脇の空きはありません。  
  実は、昔の人はもっと着物は楽にざっくりと着ていましたので、赤ちゃんに授乳するときに、きものを少しずらしてここから母乳を与えて反対の袖で隠していた そうです。
  だから、昔の着物の身八つ口はもう少し大きかったとのこと。そうでなければ、着物を肩から脱がなくてはならなっかたのです。   でも時代は変わって、いまどき普段、着物をきている人もいないし、ましてや大衆の面前で、授乳するママもいないでしょう。

  今では、身八つ口の果たす役割は、着崩れを防ぐため、または着崩れを直すのにとても大切なところなのです。
 着付けの段階で、おはしょりをきっちり直すため、またもし胸元や背にしわが寄った時など身八つ口でちょっとひいて、直すことができます。   


褄ということば

  「左褄」という言葉があります。
 「左褄を取る」とは「芸者になって、芸事の道に進む」という意味を表します。

芸妓や舞妓が長く裾を引いた着物を着るときは、必ず左手で「褄」を持ちます。
これに対し、花魁(おいらん)などの遊女は右手で褄をとります。 右手で褄を持てば、着物の合わせ目は右、そして長じゅばんの合わせ目も右にあり、 男性の手が裾に入り やすいのです。
 それに対して、左手で褄を持てば、着物と長じゅばんの合わせ目が反対になりますから、男性の手が入りにくくなります。 つまり、「左褄」とは「芸」は売っても「体」は売りませんよ、という気持ちを表現 しているのです。

 


お太鼓のはじまり

東京の亀戸天神には、江戸時代の末期にできた、石でできた太鼓橋と呼ばれる橋があります。
この橋のが開通したときに、華やかさを添えるために、深川の芸者さんたちがよばれました。そこで、深川の芸者さんたちがこの太鼓橋から連想して考え出したものが、お太鼓結   びだといわれています。お太鼓結びの名はここからきているのです。
このお太鼓結びは今までにない新鮮で画期的な帯結びで、瞬時に広がっていきました。

 当時の芸者さんは、時と場所に応じた装いをとても大切にし、例えば、正月の三が日は、日本髪に黒紋付きの裾模様の正装で新年を祝い、4日から7日までは色のついた紋付きのきものに着替えました。 芸者さんたちはこのように、晴れの日には徹底して伝統を重んじた装いを、普段は季節に応じた遊び心を感じる装いを楽しんだのです。
この芸者さんたちの新しい発想は、お太鼓結びや付けさげなどを生みだし、おしゃれな芸者さんたちは、一般庶民の羨望的な存在でもありました。