平成15年

=1月〜3月=


1/1(水)  平成15年元旦

新しい年の幕開け
お天気快晴!
今年も両親とも元気でお正月を迎えられて、本当によかった。
「若水」でお雑煮を・・・・
その昔、両親と3人暮らしのころは、私が一番若かったから(当たり前)、朝一番にお水を汲んで(水道だけど) お雑煮をつくって食べたものであるが。
我家で一番若い次男、そんなしきたりどこ吹く風で、爆睡中。
ともあれ、みんなそろっての元旦にそろってのお雑煮、、気持ちも晴れやか、清々しい元旦の朝。
太陽がまぶしい!

1/3(金)  次男、名古屋へ戻る

次男は今朝、早い新幹線で名古屋へもどった。
父は、食事をしながら、めそめそ。 「大丈夫だよ、またすぐ戻ってくるから・・またすぐ会えるよ。」 やたら涙もろい父であった。

  だから〜 絶対長生きしないといけないね。
1年に3回くらい会えるとして10年で30回、20年で60回、 ・・・・・30年で90回。
これから100回以上も会えるように頑張らなくちゃね


1/4(土)初ディーサービス

今日は今年初めてのディーサービスの日
生憎の積雪、27センチ
お迎えのバスがくるまでの雪かきは大変だった。
お迎えのヘルパーさんが
「おめでとう、今年もよろしくね」
父は、丁寧に何度もお辞儀をして、ニコニコ、ニコニコ。
  今年もお世話になって、楽しいいい年にしようね。








1/10(水) 100歳の大往生

今日は、父の伯父さんの葬儀に出席。
つまり私の祖父の弟。ややこしい・・・・
  この故人さん、実は10年ほど前に、体調を壊し、もう危ないからと、親戚中が集まった経緯がある。
あれから10年、元気いっぱいで、生活していたらしいが・・・・
あれは、親戚縁者に会いたくなっての狂言だったのではないかと、みんなの疑いは晴れずじまい。
集まった時はいたって元気で、自分の葬儀のときの写真を準備しているといって、見せてくれたりなどなど、 かなりはしゃいでいたということだった。
ま、ともあれ・・・さすがは100歳を迎える直前、力尽きての大往生。
ここまでくれば、もうお祝いに近い葬儀であった。
父もまだまだ20年以上。
頑張れるよね!

1/15(水) 誕生日 

今日は私の誕生日。
本来、1月15日は成人の日で、そんな誕生日が、気に入っていたのに、成人の日が変更になってからは、 なんんとなく、忘れられそう。
それでも長男のプレゼントのケーキで誕生祝いをしてもらう。
父は私の年齢、知っているのだろうか?
「私ね、やっと45歳になったの」 父は、おかしがって大笑いしていた。
ちょっとばかり、無理があったかな










1/29(水) 次男の誕生日

朝食のとき
「今日は○○(次男)の誕生日だね」

「それではプレゼントしなくては」銀行から1万円おろしてきてくれという。

父は、孫が誕生してからず〜っとお正月のお年玉、誕生日、子どもの日、 クリスマスほかことあるごとに、プレゼントするのをとても楽しみにしてきた。
だから孫が成人した今でもプレゼントしたいらしい。


「○○(長男)も、○○(次男)も、大人だから、おもちゃのプレゼントはもういらないんだよ」

分かったような
でもちょっとさびしそうな・・・・・
父の中では、孫はまだまだ子どもでいてほしいということなのだろう。  

 

2/5(水)  寒さよりも

ず〜っと気になっていたこと
母が、部屋を離れるときいつもドアをあけっぱなし
「ちゃんと閉めてよ!」
言いたかったが、こらえていた

でも、待てよ・・・・
もしかして、母は、自分が離れたとき、父に何かあってもすぐ分かるようにと ドアをあけているのでは・・・・
父が呼んでも、聞こえるように・・・・

あ〜、よかった、注意しなくて

まいったな〜
やっぱり、また私の負けだった。

2月10日(月)  おさななじみ

父が幼い頃一緒に遊んでいた近所の2つ上のおじいちゃんが亡くなった。
野山をかけまわり、川遊びをし、腕白時代をいっしょにすごした仲間。
父の同年代の人がどんどん、減っていく。

  父に話して聞かせるのに、気を使う。
ゆっくり、遠まわしに話す。
涙ぐんでいる父をみるのがつらい。
悲しい・・・・。



2月13日(水) 長生き

父の幼馴染、今日荼毘にふされた。
私「絶対長生きしなきゃだめだよ。死んじゃったらつまらない、なんにもできない」
父、指を2本立てて、ピースをする。
母「え、あと2年しか生きないの?」
私「2年?2年なんてすぐだよ。早過ぎるでしょう。」
父「にじゅうねん」
母「へぇ〜!20年もー!私はそんなに長くおつきあいできないから、お先するよ。」
父はニヤニヤしていた。   



2月26日(月)  新たな出会い

チロが旅立ってから3ヶ月 さびしくて、悲しくて、涙ぐんでばかりいました。
もう二度とペットを飼うことはないだろうと・・・・
せめてネットで猫ちゃんの画像をさがし、チロの面影をさがそう、 悲しみを癒そうとしていました。
でも弱いものですね、チロにとてもよく似た 猫ちゃんを見つけたとたん、心は奪われ、虜に なってしまったのです。
チロに対して冷たい自分を責めながらも、もう一度 子猫をだっこしたい、その気持ちを抑えることができ なくなってしまったのです。

その猫ちゃんは、ロシアンブルー、チロは雑種だったけど、グレーの毛色が よく似ていること。 しかもチロが亡くなった日の翌日に生まれていること・・・・
「チロの生まれ変わりかもしれない・・・・絶対生まれ変わりなんだ!」
ずっと悲しみから抜けられなくていた長男と私は、無理やりそう思い込もうとしていました。
これは勝手な思いで、本当はチロを裏切ることになるのかもしれません。

そんなわけで、わが家ではまた新しい子猫ちゃんを迎えることになりました。

私は今だに、ネットのお友達に、チロが亡くなったことをどうしても打ち明けることができなくています。
ネットの中のお友達が楽しくお話しているのに、雰囲気を壊してはいけないという思いからです。
「チロちゃん元気?」という問いかけに、あいまいに「ゲンキ」とウソの書き込みをしてしまいます。
でも、うそをついていることがどんなにか不自然なことか、、、、とても辛い・・・・
チロは、ほんの短い間、わが家の家族にいっぱいの幸せを凝縮したまま置いて、去っていきました。
これからは、チロが置いていった宝ものを心の中に大切にとどめながら、明るくくらしていきたいと思います。
チロの代わりにメルをせいいっぱい可愛がること、これがチロへの恩返しになる、というのはやっぱり言い訳にすぎないのでしょうか。


メルと命名。11月30日生まれの女の子

メルのホーム 

3/5(水)  1週間ぶりに

母がインフルエンザにかかって、急遽、父をショートスティーに お願いしていたが、やっと完治したので、父は今日の4時に戻ってきた。
飽きて家に帰りたがっているのではとの心配もあったが、あえて連絡はとらなかった。
でも帰ってきたとき、いつもの笑顔だったのでひとまず安心。





















3月6日(金)   車椅子タクシー 

今日は父が久しぶりで病院へ。
10時55分の予約なので、車椅子タクシーを10時20分に予約。
日赤病院も、3月から予約制になったので、今までのように朝早く行くこともなくかなり便利になった。
大病院になると、2時間、3時間待つのは当たり前で、待っている間に病気が悪化しそうで大変だった。

  車椅子タクシーの疑問。
同じタクシー会社なのに、料金行きは680円、帰りは950円。
はて?
電話で聞いてみたら、行きは軽自動車だったので、安くて、帰りは大型自動車だったということ。
????
空きが大型しかなかったし、それに大型は車椅子が3台積める、それにストレッチャーも。
だから料金が割高になるという。 こんな理由ってあり?
別に大型ってお願いしたわけでもないし、車椅子一人ということで依頼しているはず。
大型しかないんです、と一言言ってもらえれば、別のタクシー会社を頼むことだってできたのに。

  今日はせっかくのタクシー会社への信頼のくずれた日となってしまった。
次からは、ほかのタクシー会社にすることにしよう。