=9月〜12月=

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今日は敬老の日。
どこかに連れていきたいけど、車の乗り降りに自信がないので、諦めるしかない。
何年か前から、市役所でも敬老の祝いは中止になってしまった。
このご時世だから、しようがないといえばしようがないのだが。
ケーキを買って、夜はお寿司でお祝いをする。
大好物ばかりなので、父は大喜び。
今の父は、美味しいもの、食べるものが一番のプレゼントのようだ。
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朝、どこからともなく太鼓、笛の音がかすかに聞こえてくる・・・
「山車だ、山車がきたんだ!」
感動のあまり、大声で叫んでしまった。
これで、父に祭り山車を見せることができる。
急いで、車椅子を家の前に出し、太鼓と笛の音が近づくのを待つ。
ちょうど家の前で山車は止まり、まるで父に捧げるように「音頭」(口上のようなもの)をあげてくれた。
父は、最高の感動、感激、興奮・・・
感情を押さえ切れず、涙を流していた。
よかったね、盛岡秋まつり、見ることができて。
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「あれ? チロはどこ?」
「チロー、チロー、チロちゃ〜ん!」
返事がない、いったいどこへ・・・・
まさか・・・そうなんです。
チロはお昼寝中の父のベットの足元にちゃっかり寝ているのです。
寝返りしたとき、下敷きになったら大変と、母のベットに写してあげた。
だけど、すぐに父のベットの方に移っていってしまう。
何度移してもすぐに元にもどってしまうので、よほど父がお気に入りらしい。
父がお昼寝をすると、さ〜っとお部屋に行って、一緒にお昼寝をする、最近はそんな日が続いている。
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早い、本当に日が経つのが早い。
父が車椅子になってから、11ヶ月、この日記をつけ始めてから1年も過ぎた。
去年の今ごろは、ゆっくりながらも 自力で歩けていた。
ディーサービスも、近くの福祉センターまで徒歩でいっていた。
去年の夏、ホームセンターでレンガを買って、乗用車に車が壊れるのではないかと思うほど、たくさんのレンガを積んできた。
そして、汗だくになって土を掘り、砂を敷いて作った「おじいちゃんロード」を作った。
でも今では、その上をじかに歩くこともなくなってしまった。
歩けなくなってから、車いすで外に出るのは、ディーサービスの日と、
お天気がいい日にちょっと外に出てお庭で、母と3人で(チロと4人)おやつを食べたり・・・
でも、もう寒くなってそれもできなくなった。
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父は元々丈夫なほうであった。
病気をする前は、親戚中、誰よりも元気者で、なんでも先頭にたってやっていた。
だから風邪をひくなどということはなく、内臓も丈夫で、病院にも一度もかかったことがなかった。
でもそれがかえって自分の健康を過信してしまう結果になってしまったのでしょう。
血圧が高いなどと微塵も思わず、食生活も別に気にしないで生活してきたのだ。
でも今こうして障害をもってはしまったが、それ以外は病気らしい病気もなく健康体そのものである。
風邪もあんまりひかない。
食欲も旺盛。
母と私にとっては、せめてもの救いである。
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父は今度の査定で、要介護3から要介護4に認定が変った。
介護度が上がると、何が違うのだろう?
今度調べてみなければ。
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今日から1ヶ月ディーサービスは別の施設に行くことにした。
30日、福島で親戚の結婚式があって家族みんなが留守になるので、そのときのお泊りの予行練習の意味もかねてである。
(今行っているところは宿泊はないので)
初めて行く施設は、慣れないので心配しながら帰りを待っていたが、それには及ばなかった。
帰ってきたらニコニコ、楽しかったとのこと。ひとまずほっとする。
「食事は左手でとるので、時間がかかります。ご迷惑をおかけします」
「心配しないで、大丈夫、大丈夫、ゆっくり食べていいのだから!」
朝行くとき、お迎えのヘルパーさんにすまなそうに、言っていた母だったが、
「ちゃんと全部食べましたよ」に安心した様子。
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朝食事のときの会話
外は大きなボタン雪が降っている
父「タイヤは変えたの?」
私「昨日替えたよ」
父「お金はあるの?」
私「???・・・」
たまにボケたことを言う父であるが、どうやらいつも私のことを心配しているらしい。
雪が降ったら危ないから、タイヤをちゃんと替えたのか
おまけに経済的なことまで心配している。
私「タイヤも変えたし、お金もいっぱいあるから大丈夫だよ」
いくつになっても、やっぱり私は父の子ども
子どもを心配する親の気持ちは、しっかり持っているようだ。
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今日は従姉妹の結婚式で、母と二人で朝5時に起きて福島まででかけてきました。
早朝の母の着付け、そして自分も着て、貸し切りバスで出掛けてきた。
丸1日の遠出で、すっかり疲れてしまった。
お天気ほかのハプニングを予想しての早い出発だということも分かるが、結局何事もなかったのだから、
1時間遅い出発でもよかったような・・・・・
父は、昨日から明日までの2泊のショートスティーをお願いしていた。
10時頃帰って、父の心配をする余裕もない。
疲れた。
明日の朝10時には帰ってくるのだから、今日はもうゆっくり寝ることにしよう。
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動くチロです
fumikoさんに作っていただきました。
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外で遊んでいたチロが、ちょっとした隙に 見えなくなりました。
それから三日間、毎日毎日探し続けました。
町内にチラシを貼ったり、聞き込みをしたり・・・・
そして三日目の朝、道路をはさんで3件目 ぐらいの食堂の狭い塀の下で、
亡骸を見つけ たのです。
11月29日、チロは天国へ旅立ってしまいました。
悲しくて、悲しくて、涙が乾くほど泣きました。
もうチロはいない・・・・本当に短い生涯でした。
チロ、ちゃんとみてあげられなくて、本当に ごめんなさい。
だめな親でした、猫ちゃんを飼う資格なんて、 私にはもうありません。
チロ、天国で必ず幸せになってね。
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12月7日は母の78回目の誕生日
私の都合で、今日のお祝いになった。
ケーキを買ってきて、ろうそく78本・・・・・と思ったら、私、間違えて太いのを7本、細いのを7本もらってきていた。
ま、いいでしょ、母にすれば1歳でも若いほうが嬉しいだろうからね。
今のところ、母は元気なので、私としては本当に助かる。
これからも元気で、がんばってください、よろしくね。
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今日はクリスマスイブ。父はディーサービスの日。
母と温泉と買い物に出掛けてきた。
スーパーは、クリスマス一色。
ついつい、あれも、これもと買いこんでしまった。
いつもあんまり食べれないで残してしまうのに、失敗、失敗。
(スーパー作戦にはめられ、またまた反省)
夕食はオードブル形式にして大皿に盛り付ける・・・・・いつもと違う夕食に父は大喜び。
ケーキのキャンドルも、父に消させたが・・・・・
「フー、フー」とは口と声ばかり、全然消えなくて、みんなで大笑い。
大人だけのパーティーも少し味気ない気もするが、父が喜んでいるのでまずはよしとしましょう。
今日はもう一つ予想しなかった、プレゼントが舞いこんでいた。
買い物から帰ったら、玄関先に親戚のおじさんから、ケーキとワインが届いていた。
ケーキ2個、楽しみが2倍になった。
ケーキ食べまくり。あ〜ぁ、またふとっちゃう〜
(ダイエット、どこふく風の親が羨ましい)
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今日は名古屋に行っている次男がお正月休みで帰ってくる日。
夜の8時過ぎ着の新幹線なのに、父は朝から、「まだか、まだか」ととっても待ち遠しそう。
やっと、夜になって、盛岡駅まで迎えにいってくる。
次男は、家に帰ってまっすぐ父のお部屋に行って、握手と、おみやげの甘いお菓子を渡していた。
父は今まで見たこともないような、こぼれるような(こわれるような?)満面の笑顔。
ずっと、次男に会いたい、会いたいと言っていたから、感動の対面であった。
生まれたときから、ず〜っと可愛がってもらったものね。
今度はおじいちゃん孝行する次男、私も久しぶりで会ったが、なんとなく大人びて見えた。
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孫二人を目の前に大晦日の食事。
お料理を食べるのも嬉しいが、もっともっと嬉しいのは、孫と一緒に食事ができること。
食べるのを忘れて、孫(長男、次男)の顔をニコニコしながら、見つめていた。
長男、次男が小学生のころ、相撲をとって遊んでいて
「おじいちゃんは、まだまだ負けないよ、二人でかかってきても負けない」
といって、二人を相手にお相撲をとっていたね。
それが今では、すっかり逆転。
もし病気にならなかったら、子ども達が何歳くらいまで、お相撲で対戦できただろうか?
小学校高学年かな、中学生になったら、もうかなわなかっただろうなぁ〜
今年最後の、幸せ大晦日、
今年も大晦日、そしてお正月を元気に迎えることができて、よかったね。
新しい年もずっと、ずっと、元気で頑張ろうね。
平成14年12月31日、
父78歳9ヶ月。
風邪もひかず元気、食欲旺盛。
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