平成14年

=1月〜4月=


1/20 とうとう

昨年の暮れあたりから、父は足が痛いとい出だした。
それまでは、朝起きたとき、必ずリハビリで足を少し動かしてからたちあがるようにしていたのが、 いつの頃からかいやがるようになり、サボりがちになっていた。
痛いからいやなのか、サボったから痛みがきたのか・・・・
とうとう、、、、自力では歩けなくなり、、、車椅子。
今よりは、回復する見込みがなくても、現状だけは維持したいと一番がんばってきたのは母。
欠かさなかったお散歩、足のリハビリ・・もう本当に限界なのだろうか? というより、もう母も限界なのかもしれない。
はっきり言って、車椅子の方が介護するのは楽である。
母に相談されたが、車椅子を決断するのは少し勇気がいることだった。
・・考えた・・車椅子にしたら、二度と歩くことはなくなるだろう。
元気だった母が、最近ますます小さく感じる。
すこし楽させてもやりたい。。。。

1/21 母の休養日

今日から母に2泊3日で、温泉をプレゼント。
母の妹2人の3人で、「三姉妹温泉三昧」。
少し疲れ気味の母を、叔母2人に連れ出してもらった。
昨年父が入院したとき、こっそり私と二人で温泉1泊して以来の外泊。
せいぜい、温泉に入って、妹たちとおしゃべりして、ゆっくりしてきてほしい。








2/25 母の喜び

朝、母が私のところに飛んできて言った。
「おじいちゃんが、今日はちゃんと自分で、車椅子に乗ったよ!」
少し暖かくなってきたからか、少しずつ自分で立とうとするようになってきたようだ。
些細なことのように見えて、障害をもっている場合、このことは本当に大きな出来事である。
母の喜ぶ姿は、私にとっては今は一番うれしいことである。

2/27(水)  温 泉

毎週父のディーサービスの日は、母と温泉に行く日に決めている。
今日は、母の妹二人も誘ってみる。
だれよりも、姉妹と一緒にいるときの母は一番ほっとするひとときのようだ。
温泉で、三人で裸のおつきあい、たわいもないおしゃべりに花を咲かせていた。
父がディーサービスから帰ってくるまでの僅かな時間の日帰り温泉旅行。

3/13    誕生日・78歳

今日は父の誕生日。
ケーキ屋さんで注文時の会話。
私「すみません、ろうそくいただけますか?」
若い店員さん「何本ですか?」
私「78本」
店員「プフッ!」
(そんなにおかしい?=あんまりの多さにびっくりしたようす)
私「太いの7本と〜・・・細いの8本で」
帰ってきて出してみると、なんと細いろうそくが8本しか入っていません。
あの若い女の子の店員さん、何を勘違いしたのだろうね。
結局、父は今日は8歳の誕生祝いをしました。
でも今の精神年齢、8歳くらいがちょうどかな・・・

78年間、がんばって生きてきたね。
でもまだまだこれからだよ、あと20年以上は
ガンバだよ!

3/21   お墓参り

春彼岸ということで、今日は先祖のお墓参りに行く。
父は昨年の秋のお彼岸には、歩いてお墓参りができたのに・・・
今年は自力で車に乗るのことができなくなり、残念だけどお墓参りは断念することに。
でも、お盆にはなんとかして、お墓参りに連れて行きたい。
それまで、手足のリハビリをがんばって、少しでも身体を動かせるようにならないとね。










3/22    お金より食い気

歳をとると・・・・というより父のような病気になると、すっかり赤ちゃん返りになってしまうようだ。
食卓につくと、同じおかずでも、隣のおかずのお皿と取り替えようとする。
同じ量を盛りつけたつもりでも微妙に違うらしい。
少しでも多いほうをねらうのである。
おやつでも当然、大きいほうを選ぶ。
恥ずかしいような事であるが、現実に食べ物に対する執着はすごいものがある。
よそさまでこんなことしたら、少しはずかしいなぁ。
その代わり、お金に関しては全く無頓着。
時々、父の貯金通帳を見せるのだが、ほとんど興味がなく、「いらない、みんなあげるあげる」という。
今のところ、お金より食い気というところである。

4/6   入浴ヘルパー

今日から、週1回入浴ヘルパーさんを依頼する。
11時から12時までの1時間、2名のヘルパーさんによる訪問介護入浴。
車椅子を浴室の入り口までつけ、自力を頼りながら椅子にかけさせる。
あとはヘルパーさんにおまかせする。
シャワーだけではなく、できるだけ浴槽に入れてほしいとお願いする。
2回も浴槽に入れてもらえて、本人は、かなり気持ちよさそうであった。

4/17    父の反乱

今日はディーサービスの日。私と母は、温泉ディー。
今日は故郷でもある、繋温泉「愛真館」の縄文風呂へ。
温泉に入って、食事をして、次はお花屋さんに寄って大好きなお花を買って帰るという予定であった。
食事をしている最中、携帯電話の着信音がなり、ちょっといやな予感。
案の定、福祉センターからの電話だった。
父がなにやら反乱を起こして食事をとろうとしないので、家まで送ってきて、もう玄関で待っているとの事。
食事もそこそこに、20分ほどの距離を急いで車を飛ばして帰宅した。
着いたときは家の玄関先で、福祉センターの職員の方と二人で、楽しそうにお話をしていた。
なにが気に入らなかったのかは、何度聞いても、ニヤニヤするだけで、答えてくれない。
でもなにかがあったことは確か。
言葉がうまくしゃべれないので、意志の疎通がうまくいかない、そんなときは、感情にまかせ、怒ってしまうときがある。
病気のせいもあるが、感情のコントロールが出来ないのである。
あとは何事もなかったように、家で食事をしっかりとった。
とんだハプニングで、週1回の母の休養日はつぶれてしまった

(施設にあずかっていただく限り、何があっても(急病以外)、なんとか最後まであずかってほしいと思うのは、 勝手なことなのだろうか。
家が近いから連れて返してしまうというのは、どうかと思う。
この施設は公の施設なので、なんとなくこれがお役所仕事と感じざるをえない。
この施設は土日もしっかりお休みなので、本当は不便を感じる。土日にこそあずかってもらいたい場面が結構 あるのに。
そろそろ他の施設へ変わることを考えてみようと思う。

4/27   入浴ヘルパー2

車椅子に自力で乗れるようになったので、今日から二人だったヘルパーさんが一人になった。
お風呂場まで車椅子をいれ、車椅子からバスチェア−に少し介助してもらって自分で座る。
それから、浴槽にも、少しの介助で入れるようになった。
最近では、気候もよくなって、冬の間よりかなりの回復が見られるようになった。

4/30  入浴ヘルパー3

やっぱり入浴介護は一人では無理なので、二人にしてほしいと、介護支援センターより電話あり。
先日一人できたヘルパーさんは男性だったし、一人でも大丈夫だといっていたのに、急に変更になるのはなぜだろう?
負担金額も半分で済むので助かったと思ったていたのに、また元にもどってしまう。

4/30   父はストーカー

母は、父のことをストーカーだという。
なぜなら少しでも母の姿が見えないと、「おーい、おーい」と大声で叫んでいる。
「私はそんなに、一日中そばになんていたくないのに」
「たまには離れていたいのに、ストーカーみたいなんだから」
母の姿がチョットでも見えないと、車椅子を足でこいで、家中を探しまわる。
しようがないなぁ